
ディズニーランド化する社会で希望はいかに語りうるか
いまや誰もが「ディズニーランド」の住人である 「それなりに愉しく幸福な絶望」の日常に絡めとられた私たちに、 いかなる「生」が可能なのか? 才気溢れる筆致で描く、希望のメディア論 夢と魔法の王国、ディズニーランド――。 いまや巨大複合商業施設にかぎらず、イメージと消費とが深く絡みあうポストモダンな情報消費社会には、日常のあらゆる営みに、ディズニーランド的な非日常性が演出され、浸透し、繁茂している。 ディズニーランドのアトラクションがもたらすものは利便でもなければ、生産でもなく、「愉しさ」である。アトラクションへの搭乗は、遊戯機械というテクノロジーに触れ、同期し、協調的に運動をしながら、特定の目的へ向かうことなく戯れ、そのプロセス自体において「愉しさ」が立ちあらわれるような経験である。このような運動を、本書では〈テクノロジーの遊戯〉とよぶ。 多様な欲望を無際限に喚起し、解放感や高揚感をもたらす一方で、「ここではないどこか」や「ありえたかもしれない別の様態」といった外部を想像する力を奪ってゆくテクノロジーが、社会の隅々にまで浸潤するいま、わたしたちには、いかなる生の形式が可能なのか。 才気溢れる筆致で描く、希望のメディア論。
- 出版社
- 慶應義塾大学出版会
- 発売日
- 2014-07-19
- ページ数
- 304ページ
- ISBN
- 9784766421408
