
次世代に語りつぐ生体解剖の記憶
日中戦争下の中国で、日本軍は、生体解剖を軍命により実施していた。それは日常の業務であり、軍医、看護婦、衛生兵など数千人が関わっていたことが推定される。 湯浅謙さんが、生体解剖が犯罪であると認識したのは、戦犯として、収監されてからだった。特別軍事法廷で起訴免除され、日本に帰国後、湯浅さんは、自分の体験を、次世代につたえるため600回に及ぶ講演や、100回以上のテレビ出演をつづけている。現在93歳である。 著者は、湯浅さんほかを変えた中国共産党の捕虜政策とは何かを追う。 湯浅謙さんは、1916年、開業医の家に生まれ、昼夜を分かたず働く父の姿をみて、医者をめざす。41年、医科大学卒業後、短期現役軍医を志願、旭川第28連帯に入隊する。42年1月、中国山西省ろ(さんずいに路)安陸軍病院へ軍医中尉として任官する。赴任1ヵ月半後、「手術演習」という「生体解剖」に病院スタッフとともに参加する。以後軍命による生体解剖は、日本の敗戦まで繰り返される。 45年8月、日本の敗戦後、民間医師として太原に残留する。 49年人民解放軍の捕虜になり、永年捕虜収容所、太原戦犯管理所に収監され、はじめて、自分の罪を認識する。 56年4月、中国の特別軍事法廷が開廷。起訴免除となり、日本に帰国する。 中国帰還者連絡会結成に参加、現在まで600回におよぶ講演を行い、次世代に「消せない記憶」を語りつづけている。
- 出版社
- 梨の木舎
- 発売日
- 2010-08-12
- ページ数
- 190ページ
- ISBN
- 9784816610059
